脱警官ブロガー(?)ヴァシコのプロフィール

ヴァシコ
はい、どうも。ヴァシコ(@vasico7)です。

 

このブログも始めて半年が経ちました。(記事作成時点)

ヴァシコ
そういえばプロフィールページ作ってねぇ( ゚д゚)

 

ってことに気がついたので、今さらですが自己紹介します。

このブログは、警察・アトピー・在宅ワーク(これから)について発信しているんですが、それは過去・未来含め、この3つがぼくの人生に大きく関係しているからなんです。

よければ聞いてくださいm(_ _)m

警察官になる前

幼い頃のぼくは

ヴァシコ
警察カッコいい!
ヴァシコ
将来は警察官になりたい!

 

なんて思ったことは1度たりともなく…。笑

警察との関わりといえば、小学校の頃に道に落ちてた財布を交番に届けたら、父親の名前を漢字で書けないという理由でお巡りさんに「バカ」呼ばわりされたくらい

そんなことがあってから、警察は正直キライでした。

結構根に持つタイプなので、大学生くらいまではずっと嫌ってましたね。笑

 

活動的な大学生時代

大学は都内の偏差値55くらいの大学に進学。

当時は、学園祭の実行委員・結婚式場でのアルバイト・ジムでキックボクシングを習うなど、かなり精力的に活動してました。

学園祭の実行委員では、おもにパンフレットや看板をデザイン・製作するチームに入ってました。

仲間内では一番ヘタでしたけど、当時の経験はこのブログのイラストデザインを自分でできる程度には役に立ってます。

キックボクシングでは試合にも出ていて、タイ人やブラジル人と戦えたのは良い思い出です。

勉強が好きだったからなのか、大学には5年通いました。

(↑単位が足りなくて留年しただけ。)

就職活動

ぼくが就活を行ったのは、100年に1度の氷河期と言われた年でした。

優秀な人であれば不況でも関係なく内定を取っていきますが、人間的に低スペックなぼくは大苦戦。

一生内定を貰える気がしませんでしたね(´・ω・`)

そこでぼくが取った奥の手が、よく当たると評判の占い師に診てもらうことでした。笑

一転、警察官を目指す

渋谷のパパと呼ばれる外国人の占い師に、ぼくにはどんな仕事が向いてるかを聞くと

占い師
アナタ、コームインムイテル。

 

と言われ、公務員を目指すことに。

しかし市役所や県庁などの試験は筆記試験が難しく、大学4年から勉強しても卒業に間に合いません。

就職留年(すでに留年してたし…)や公務員浪人はしたくなかったぼくは、試験が簡単な警察に目を付けます。

理由は、ぼくの好きだったミルコ・クロコップという格闘家。

彼はかつて警察官をしながら、プロのキックボクサーとしても活躍していたのです。

当時キックボクシングをやっていたぼくは

ヴァシコ
これで警官になったら、俺ミルコじゃん(゚∀゚)!

 

という超理論で警察になることを決めます。

警察になってから

それから公務員試験の勉強を始めて、地元の県警に合格。

大学を卒業して、晴れて警察官になります。

しかし、そこに最初の関門が…。

警察学校の問題児

そう、警察学校です。

ここには自由というものは全くなく、土日以外は敷地の外には一歩も出られませんし、分単位で全てのスケジュールが決められていて自分の時間もありません。

ここで学ぶことは多岐に渡りました。

座学や筋力トレーニングは問題なくこなせたのですが、軍隊式の動作(校内では常にこの動きをする)や射撃、逮捕術という警察独自の武道の型など、新しく覚えることが多すぎました。

ぼくって何をやるにも初期ステータスが異常に低いんですよね(゚∀゚;)

(その代わり時間がたてば、そんなに努力しなくても大抵のことは並以上にはできるようにはなるんですけど。)

要するに不器用だったんです。

何をやるにも最初はうまくできない。

軍隊式の動きもダメ。

射撃も的に当たらない。

逮捕術の型は、キックボクシングのクセが抜けなくて苦戦。

そもそもヤル気が感じられない。←

などなど。

おかげで自他共に認める、クラス一の問題児でした。

警察学校に入校した7日後には、一度クビを宣告され(その後、撤回された)、同じ日に歯を割られ、20日後には血尿が出る

そんな感じでした。笑

同期には辞める人も少なくありませんでしたが、ぼくは逆に

ヴァシコ
放っといてもそのうちクビになるから、自分から辞めるまでもないな。

 

と思ったことで卒業まで続けることができました。

ちなみに警察学校では最終的に、学生ごとにあらゆる内容を総合的に評価した成績が出ますが、謎に上位20%以内に入っていたという。笑

(自慢にもなりませんが。)

警察署の問題児

悪夢の警察学校を奇跡的に卒業し、その後は各々警察署に配属されます。

そこでいよいよ警察官としての実務がスタートです。

3カ月も経つころには大体の交番業務は1人でこなせるようになりました。

実績も良く、地域課(交番勤務)では80人中5番目くらいだったかと。

(これも自慢になりません。警察の方なら分かると思いますが。笑)

しかし、問題はちょこちょこ起こしてました。

小さいのを挙げればキリがありませんが、

仕事中にバイクで信号無視して、通報される

(言っとくが故意ではない。)

仕事中に逆ナンしてくれた女性たちに連絡先を教える

(言っとくが故意ではない。)

逆ナンしてくれた娘と事後、付き合う

(言っとくが故意ではない。)

などなど。

仕事以外はほとんど上司の言うことは聞いてなかったですね。笑

アトピーで警察を辞める

そんなある時、転機が訪れます。

窃盗事件の犯人を捜すため、暴風雨の中で2時間バイクを走らせていたことがきっかけでアトピー性皮ふ炎を発症させてしまったのです。

ヴァシコ
ほっとけば、そのうち治るっしょ(゚∀゚)!

 

とたかをくくっていましたが、症状は日に日に悪化(゚д゚lll)

当時は3日に1回、約30時間をほぼ不眠不休で働いて、休日出勤(もちろんサービス出勤)もしばしばな状態。

月の勤務時間は300時間を余裕で超えていたでしょう。

それに加えて夜勤。

良くなるワケがありません。

とうとうぼくは働くのが困難な状態にまでなり、休職を申し出ます。

上司からのパワハラ

休職して体は休めるものの、心が休まることはありませんでした。

早くぼくに戻ってきてほしい係長から連日、電話で嫌がらせをされていたからです。

係長
治ってなくていいから出てこい!

 

などなど。

他にも仕事はしないものの、くだらない理由でよく署に呼び出されて説教されてました。

係長
他のヤツは働いてるのに、お前は~。

 

みたいな。

これがイヤで、ぼくは大阪に飛ぶことを決意します。

アトピーで入院

飛ぶといっても入院ですけどね。笑

大阪のアトピー治療で有名な病院に入院することにしたんです。

署は関東某県にあるので、呼び出されることもありません。

しかし上司からの電話でのパワハラは続き、ついに

ヴァシコ
退院し次第、警察辞めるので、もう嫌がらせやめてください。

 

と伝え、警察人生に自ら終止符を打ちます。

警察を辞めた後

退院後に正式に警察を辞職。

入院はしたものの症状は完全には良くならず。

しばらく家でゆっくりしようと決めますが、それから2~3カ月経ったころに急にアトピーが大悪化します。

 

アトピー大悪化

アトピーは入院時と同じか、それ以上に酷くなり、寝たきりを余儀なくされます(´д`|||)

アトピーには有効な治療法がなく、打つ手はありませんでした。

そんなある日、ぼくはたまたまアトピーを自力で治した人のブログに巡り合います。

そのブログには、アトピーを食事制限で治す方法が書かれていました。

内容をざっくり言うと

食べていいもの→米、野菜、魚介類、果物、豆類、ナッツ類など

食べてはいけないもの→パン、肉、卵、乳製品、油物、糖類、加工食品、添加物など

他に打つ手もなかったぼくは、わらにもすがる思いでこの食事制限を実践しました。

結果、紆余曲折ありながらも8カ月かけてアトピーを治すことができたのです。

『アトピーが100日で完治した方法』を実践したぼくの治療記録

2017.04.14

サラリーマンになってから

焦ってたこともあり、病気が治ってからはすぐ転職活動を始めました。

するとなんと開始1か月で内定獲得( ゚д゚)

その1週間後には入社というスピード社会復帰でした。

しかし体力が戻ってない状態で働いたことに加え、食生活も乱れたことが原因で入社2か月後にはあっさりアトピーが再発してしまいます(゚∀゚;)

アトピーが再発してから

焦ったぼくはすぐに食事制限を再開しますが、症状は一向に良くなりませんでした。

それどころか症状の辛さと不安で不眠症になり、体は疲れてるのに毎日2時間しか寝られない。

寝られないからアトピーも良くならない、という負のループにはまってしまいました。

顔にも症状が出始めていたぼくは、ある日部長に呼び出され、退職を勧められます(゚Д゚;)

部長
辞めて療養に専念したほうがいい。

 

ここで辞めたら後がないと思ったぼくは食い下がり、なんとか仕事を続けるも無理がたたってカポジ水痘様発疹症(※)という感染症にかかってしまいます

※ アトピーとヘルペスの合併症。最悪命を落とすこともある重症のヘルペス

医者からは絶対安静を言い渡されますが、会社に

ヴァシコ
感染症にかかったから休みたい。

 

などと言えば、間違いなく辞めさせられるでしょう。

2日ほどは病気を隠して働きますが、ついに限界が来ます。

働かなくていい

家に帰ると、心配した両親が出迎えてくれました。

父は

もう仕事辞めなよ。体が一番大事だ。

 

と言ってくれましたが、ぼくは諦めきれません。

ここでまた仕事を辞めて、先があるとは思えなかったんです。

ヴァシコ
でも、ここで辞めたら…もう生きてる価値ないよ…。

 

久々に泣きました。

すると母がこう言いました。

どうしても働きたいなら、家でできる仕事をすればいいじゃない。

 

サラリーマンを辞めた後

再度病院に行くと医者からすぐ入院するように言われます。

それはイコール退職を意味しますが、もう限界だったぼくは入院して、会社を辞める決断をしました。

ヴァシコ
もうふつうにどこかに勤めることはできないだろうな。

 

とこの時悟っていたぼくは入院中、

母が言ってたように在宅でできる仕事にはどんなものがあるのか

それで生活することができるのか

ひたすらスマホで調べていました。

在宅ワークの可能性

そこで色んな人のブログに出会います。

ぼくみたいに病気で会社勤めはできなくなったけど、在宅で仕事をして成功してるような人もたくさんいました。

ヴァシコ
ぼくも頑張れば、できるかもしれない。

 

闘病しながら勉強

カポジが治った後も、アトピーは大悪化していました。

どうやら、そういうモンらしいです。

それから食事制限を再開して、ゆっくり病気療養しつつ勉強を始めました。

(甘い物だけは食べてました。その後悪化したので、今は控えてます。笑)

ブログ、インターネットビジネス、ライティング、果ては税金関係まで。

これらが今役立っているかと言うと…立ってませんね。笑

当時は勉強以外にできることもなかったので仕方なかったんですが、やっぱりこのへんは実践してナンボだな~と(´p`)

これから役立てていきたいです。

ブログ開設

アトピーが9割方治った時点でこのブログを開設。

途中カポジにかかって1か月半何もできなかったり、アトピーが悪化したりもしましたが、これを書いてる時点で約半年が経過しました。

成果はというと…正直かなり壁にぶつかってる状態です。苦笑

アトピーの悪化については、(本当は食べてはいけない)甘い物を毎日食べていたのが原因でしょう。

砂糖断ちを敢行して103日でなんとか克服できました(`・ω・´)o

寝たきりに近い期間も長かったので、今は体力の無さがやばいですが。笑

今回はあせらずゆっくり体力をつけて、年明けくらいにはwebライターなどにも挑戦したいと思ってます。

今後について

このブログでは今後、そうした在宅ワークについても書いていきたいと思ってます。

試したことだったり、成果だったり、気づきだったり、自分の成長だったり。

ぼくが色んな人のブログを読んで、在宅ワークでも生きていけるんだと教えてもらったように

ヴァシコ
ぼくのブログを読んだ人に勇気を与えたい!

 

なんてたいそうなことは考えてません。笑

何かで読んだんですが

自分を救えないやつが、他の誰かを救えるわけがない。

 

これ、真理だと思うんですよね。

ぶっちゃけ今はぼく自身、まったく救われていません。笑

まずは自分が幸せになれるように、在宅ワークで生活に充分な金を稼げるようになって、それを発信して、結果ぼくと同じような境遇の人たちに価値を与えていけたらいいなと思ってます

では、これからも『在宅ヴァシコ』をよろしくお願いしますm(_ _)m

 

ヴァシコ

 

※万が一、ここに書いてある内容をより詳しく知りたいという方がいましたら『警官辞めてからシリーズ』をどうぞ。

第一話はコチラ↓

警官辞めてからシリーズ~第1話~アトピーで警察辞めた話

2017.04.08

 

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